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また、8月中旬に、これまた別のB店で買った豊水は、部分的に身が透明。
ネットで調べてみると、傷んでいるのではなく、リンゴでいう蜜に相当するもので、これまた天候不順によるものらしい。
ただ、蜜相当といっても甘くはなく、これも失敗だった。
そのように、今年は梨の不作年。
しかし8月は青天続きにつき、秋月なら期待できるかもと、油屋園に行ってみた。
小さな直売所なのに、看板は仰々しい。
店はプレハブ。
駐車場は結構広い。
おばちゃんに断って店内撮影。
秋月目当てで行ったのだが、新種で甘さが売りという甘太(かんた)と、昔懐かしの長十郎があったため、方針変更。
甘太3ケ1000円と長十郎3ケ500円を買って帰った。
両者、税込みだ。
ちなみに撮影していると、オバチャン、様々な種類の梨の名前が書かれたノートを見せてくれた。
半分以上が知らない名前だ。
右が甘太。左が長十郎。
家で袋から出してみると、両者、結構大きかった。
甘太をカットしたら、こんな感じ。
名前のとおり、非常に甘い。
梨の中では一番甘いのではないだろうか?
しかし、身は柔ら気味で、シャキシャキ感は少しある程度。
梨にしっかりしたシャキシャキ感を望む人にとっては、物足りないかもしれない。
長十郎のカット写真は省略するが、身が非常に硬かった。
昔、食べたことがあるはずだが、こんな感じだったのか?
おまけにボソボソする。
まだ熟しきっていないのか?
そこそこ甘かったが、昔ポピュラーだった梨にしては、イマイチ感が残った。
そういえば、オバチャン、自分はまだ食べていないと言っていた。
おいおい・・・だ。(笑)
ところが4日後に食べたところ、身はまだ硬いものの、初日ほどではなく、しっかりし過ぎたシャキッシャキ感といった感じだった。
甘さも結構あり、これはこれで個性のある、うまい梨だった。
初日の長十郎は、まだ元服前だったのだろうか?
市の埋蔵文化財センターには2回ほど行ったことがあり、この鉄剣のレプリカも見ているが、発見当時に大騒ぎされた割には地味な展示で、何でこの程度????と思っていた・
それが、今回の記事では、なんと当時、発掘に携わった嘱託職員が関連資料を自宅に持ち帰っていたため、重文指定のための申請書が作れていない由。
その元嘱託職員の言い分も記載されているが、よくぞまあ、その程度の言い分だけで、ズルズルと資料を取り戻せないでいたものだ。
発掘した資料は市の所有物。
それを、いくら調査団の一員だったからといって・・・そんなことはありえない話だが、仮に団長が許可していたとしても、個人で持ち続けることが許されるものではない。
これはもう、窃盗だ。
ちょっと前、岩手県で長年にわたり文化財を切り取っていたき古参学芸員が世間の糾弾を浴びたが、この元嘱託職員も、ずっと同じ仕事に携わり、自分はオーソリティーだから・・・などと勝手に思い込んで、公私のケジメがつかなくなっていた・・・。
そんなことも十分に考えられる。
その職員ならびに20年以上もズルズルとこの問題を引っ張ってきた歴代の責任者を、市長は裁判に委ねるだけでなく、特別委員会を設置してでも、別途、糾弾すべきだ。
以下は、毎日新聞の記事。(現物は写真付き)
「重文級」なのに… 文化財に30年指定されない鉄剣 浮かぶある人物
1970年代に千葉県市原市の古墳から出土し、80年代にX線鑑定で銘文が確認された鉄剣がある。王が臣下に「下賜」したことをうかがわせる銘文から「王賜銘鉄剣」と呼ばれ、「重要文化財級の価値がある」として新聞の1面も飾った貴重な出土品。ところが銘文確認から30年以上過ぎた今も、国の文化財指定の手続きを受けた形跡がない。背景を調べてみると、出土品を巡るさまざまなトラブルが浮かび上がってきた。
王賜銘鉄剣は市原市の稲荷台1号墳で見つかった。87年に国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)で鑑定したところ、約1500年前に作られたとみられ、表裏に刻まれた文字の中に「王賜 敬」という刻銘もあった。88年1月11日の毎日新聞は1面トップでこう伝えている。「千葉・市原の稲荷台古墳 最古の銘文入り鉄剣」「『王賜』など文字解読」。剣を与えた王は誰なのか。古墳時代の王権の実像に迫る手がかりとして脚光を浴びた。
市原市によると、各地の古墳などに残された銘文入りの鉄剣・刀で、王賜銘鉄剣と同様の歴史的価値があるのは他に9本あり、いずれも重文か国宝に指定されている。最近では、福岡市の元岡古墳群G群6号墳出土の「庚寅銘大刀」が刻銘の確認から約8年後の2019年、重文に指定されている。それなのに、市原の王賜銘鉄剣は国の指定を受けていない。
例えば重文は、美術工芸品や考古資料などのうち特に学術、歴史的に価値が高いものについて、文化審議会が文部科学相に答申し、指定が決まる。重文以上の指定を受ければ保護のための補助が出るほか、公開の義務も課される。指定に向けては調査報告書が重要になるが、王賜銘鉄剣に関しては今も報告書がない。
なぜか。経緯をたどってみると、王賜銘鉄剣以外の出土品87点が外部に持ち出されていたことが影響していることがわかった。
市原市は70年代、文化財の調査会を設けて遺跡や古墳の発掘を進め、稲荷台1号墳も調査団を組織して調べた。発掘された出土品は約7万8000箱に分けて仮設倉庫、その後に市埋蔵文化財調査センターで保管していた。ところが98年、稲荷台から出土したもののうち少なくとも87点が消えていたことが判明。王賜銘鉄剣を除き、稲荷台から見つかった他の出土品は持ち出されていた。
ほどなくして持ち出したとみられる人物が浮かぶ。発掘に携わり、文化財を管理する市の外郭団体の嘱託職員も務めた男性(72)だった。研究者でもある男性は、持ち出したことを示す記述を自著に残していた。
市原市は88年、王賜銘鉄剣のほか一緒に見つかった出土品の概報を作成しているものの、正式な報告書を刊行できていない。市の担当者は、副葬品の須恵器など周辺の出土品も分析することで詳細な年代判定が可能になり、王賜銘鉄剣の学術的な価値も証明できると説明する。しかし、そうした周辺出土品は部外に持ち出されており、報告書も作成されていない。だから「正確な評価を示せず、国の文化財指定の俎上(そじょう)に載せられない」(担当者)というのだ。
市原市によると、元嘱託職員の男性は91年まで在籍した。在籍時に持ち出したとされる出土品について、市はそれが判明した98年以降、男性に返却や報告書の作成を求め続けた。18年末に男性側から交渉を拒絶する内容の手紙が届く。市は19年8月、占有移転禁止の仮処分を千葉地裁に申し立て、男性宅にあった武具の一部など出土品77点を強制執行で差し押さえたが、須恵器片など10点は見つからなかった。市は今年1月、出土品すべての返却などを求めて提訴した。
持ち出し発覚から20年以上。返却を求めて行動しているとはいえ、市原市の対応の遅さを批判する声も上がる。22年開館を目指して博物館を建設中で、王賜銘鉄剣専用の展示スペースを設けて目玉にしたい考えの市。重い腰を上げたのは「お尻に火が付いた」からではないか。文化財を大切にする熱はあるのか――。昨年末の市議会教育民生常任委員会では、市議からこんな指摘も出た。6月上旬。男性に真意を聞こうと、市原市内の自宅を訪ねた。「私の思うことを話したい」。男性は玄関口で取材に応じた。
市と大きく見解が食い違うのは、文化財の所有権に関する認識だ。男性は、発掘調査は自身も参画していた調査団が実施し、団長を務めていた研究者の許可を得て出土品を自宅に運んだと強調。「無断ではない」と訴えた。市が何度も返還を求めたと説明していることについては「本格的な話し合いは2年ほど前からで、それ以前は数回だけだった」と反論した。
出土品を持ち出したため王賜銘鉄剣の文化財指定が進まないのではないか。そう聞くと、男性は「調査意思はある。ないがしろにするつもりはない」「私のペースで計画を立ててやっている」と答えながらも、具体的な時期は明言しなかった。そして男性はこう付け加えた。「報告を出せるのは発掘調査した人間だけ。私には報告書を完成させる責務がある」
6月19日には千葉地裁で第1回口頭弁論があり、双方は争う姿勢を示した。
鉄剣を鑑定した白石太一郎・国立歴史民俗博物館名誉教授は当時「重文の指定は間違いない」と語っていた。その思いは今も変わらず「5世紀の早い段階の貴重な資料。国の指定が検討されてしかるべきだ」と話す。
国の文化審議会委員の佐藤信・東京大名誉教授(日本古代史)は鉄剣について「重文に指定されてもおかしくはない」と語る。対立する市原市と元嘱託職員。佐藤さんは「文化財は国民共有の財産。男性はそれを認識すべきだ。市も出土品を整理して適切に管理する責任があった」と指摘している。
https://mainichi.jp/articles/20200704/k00/00m/040/229000c
アジサイは、最寄りの施設でいえば、房の駅近くからアズの里近くまで、特に下流に向かって左側の川岸の道路沿いに多く植えられている。
ただ、密に植えられているわけではなく、こんな感じ。
この撮影場所だけでなく、全般、花の色はくすんでいた。
葉にも茶色い斑点が多くみられたので、病気にやられているのか?
道路沿いのアズマヤを囲むようにも植えられていた。
そういったアジサイロードからアズ地区の山を見ると、何か違和感。
行って見ると、数カ所、山が崩れていた。
アジサイロードの先はフラワーロード。
名も知らぬ花が、道路沿いのアチコチに咲いていた。
誰かが種を蒔いたのか?
帰路、道路に直角に黒い線。
経験則でヘビだと直感し、カメラ準備の上、近寄ってパチリした。
細いものの、長さは1m近くあっただろうか・・・。
動物つながりでいえば、とある田んぼに白サギ、青サギが7~8羽、集団でいた。
他に田んぼは数多くあれど、なぜ、ここだけに集中?
大家族か?
それとも、エサが豊富にある無農薬の田んぼなのだろうか?
最後に、気になるモニュメントもパチリ。
前回、通った時には気付かなかったような気がする。
毎回、新しい発見があるのも、市原ママチャリングの醍醐味だ。
到着は開場10分前。
もしかして会場に入る前の道路から行列ができているかも・・・と思っていたのだが、 入口に行列はできていなかった。
行列最後尾はこんな感じ。
すでに、かなり長い車列ができていた。
途中で数えるのを止めたが、その数、およそ50~60台。
飲食店を応援したいという人たちか?
それとも自粛疲れの人たちか?
会場はこんな感じ。
思ったよりこじんまりしていた。
開場5分前だが、すでに販売は開始されていたようで、写真右端で注文を聞いた人が、写真左端の枠外にいる手渡し班に大声で注文を伝えていた。
およそ30秒から1分に1台程度で車が流れていた感じ。
帰路、車の台数を数えたところ、約80台。
そろそろ開場時間とあってか、車がドンドン入ってきていた。
思うに、列の最後尾だと、目指す品が買えないこともあるのではないか?
売れ行き次第で店に連絡がいき、補充するようになっているのだろうか?
などなど、余計な心配をしつつ、帰路についた。
これで何回目になるだろうか?
今日はなんと、狛犬様の片方だけに耳当てがされていたので、思わずパチリ。。
何か、意味があるのだろうか?
マスクなら分かるのだが・・・。
そして、今日はまじめに石碑にも目を通してみた。
すると、源頼朝ゆかりの神社だとか、鎌倉から25里の距離にあるので廿五里という地名になったとか、館山道建設のため場所を移転したとか、いろいろと書かれていた。
神社に歴史あり・・・である。
なにげなく川面に目をやると、なんとそこには、見た目、数100匹の、やや大きめの魚が群れていた。
ママチャリで通る際は、川面に目をやることなど滅多にないのだが、この日はなぜか、気持ちは散歩したいモードになっていた。
魚の群れを見てみなさいと、ママチャリの神様が教えてくれたのかもしれない。
鯉ではなさそうだ。
ということは、海から結構離れた場所なのだが、ボラか?
帰宅後に調べてみると、この日の満潮は13時36分。
潮に乗って川を遡ってきたのかもしれない。
その数100m上流の土手には、2人の釣り人。
ルアーを投げ込んでいる。
岸から数mの場所で、しばしば魚が波紋を立てているので、橋から見た魚、ボラ狙いだろうか?
1人は大きなタモを腰に挟んでいる。
ボラ狙いにしては、ちょっと大きすぎる気もしたが・・・。
10分ほど眺めていたが、1匹も釣れず。
そうそうに見物をあきらめた。
あんなに沢山いるのだから入れ食い状態かと思ったのに・・・。
世の中、そんなに甘いものではなさそうだ。
釣っていた場所は、以前、朝日の撮影に来た堰のそば。
強い日差しの下で見てみると、堰は、藻や汚れなどが、渋い縦縞コントラストを描いていた。
ちなみに、護岸も綺麗に整備中だった。
この辺は何回もウロウロしているので、通っていない道は、もうないはず。
そう思いつつ走っていると、公園の一角に踏切のようなものが見えた。
今までは反対側の道路だけを走っていたので、これには気付かなかった。
公園内の看板によれば、名前は宮田公園。
幼児から小学生低学年向けの交通公園といった趣だ。
貸し出し用の自転車なども揃っている。
この日は数名の幼児が母親付き添いで利用中。
危ないオヤジと思われてもイヤなので、以降、幼児がいなくなった時を見計らって写真を撮った。
これが踏切。
レールもちゃんと敷かれている。
信号機がある交差点もあった。
交通標識だらけの交差点。
標識の意味は公園入口に掲示されているが、何人が、これを見て勉強しているかは不明だ。
本当のフルムーンは4月7日だったらしいが、その日は曇りだったため、1日遅れての撮影だ。
萱葺きの本堂の向こうに昇るフルムーンという構図で撮りたかったのだが、テクニックが追い付かず。
庇の下に見えるフルムーンという構図になってしまった。
また、当日のフルムーンは赤っぽかったので、ぜひ、その色をと意気込んだのだが、これまたバカチョンカメラの設定をいくらいじくっても、見た目の赤は表現できなかった。
残念・・・。
こんなにも参道の桜並木が立派だったとは・・・。
満開の桜をエンジョイすることができ、あてもなくフラフラとママチャリングしていた身にとっては、ラッキーだった。
昨年と同様、神社スペースに駐車し、あとは歩いて行く。
神社スペースには先客5台。余裕で停められた。
途中に開花情報あり。
ギリギリ大丈夫か?
大俵桜への入口にある駐車場もガラガラ状態。
ピークを過ぎた平日は、こんなものか?
それとも、新型コロナウイルスの影響?
今年の大俵桜。
去年より菜の花が鮮やかで、スペースも広くなった感じだ。
聞けば、広場の真ん中付近にあった竹藪を切って視界を良くした由。
「それは正解ですね」と言えば、「前のほうが良かったという人もいる」との返事。
ヒト、様々だ。
徐々に環境が整備されていることに敬意を表し、わずかばかりの協力金を箱に入れてきた。
大俵桜は4分散りの状態。
聞けば、昨年9月の台風では、一部、枝が折れた由。
この日も強風。
近くの杉の木は右に左に、大きく揺れていた。
大俵桜からも何回か花吹雪。
残念ながら、ピークの瞬間は切り取れなかった。
大きな椎の木は、今年も立派状態を維持。
日曜日にはプレゼントもあった模様。
帰路、入口駐車場近くの山桜を見れば、1輪か2輪、咲いている状態。
今月末には満開になりそうだ。
同じ場所にあるのに時間差で咲く山桜。
種類が違うということなのか?
その近くにあった置物。
台は青竹製。
同じようなベンチが菜の花畑にもあった。
こういったところにも整備の手。
感謝感謝と思いつつ、帰路についた。
電話受付け開始は3月7日。
もう4日も経っている。
この市民会館での松山千春コンサート、何年前になるだろうか、電話受付け開始と同時に電話をかけたが、10分程度かけ続けてもつながらず、早々にあきらめた記憶がある。
一陽来復。
新型コロナウイルス騒動真っ只中につき、今年なら、まだ席は空いているかも・・・。
イベント自粛とはいっても、コンサート当日には騒動は収まっているかもしれない。
そのように考え、某所での用事を済ませた後、市民会館に行ってみた。
会館正面には大きな看板が掲げられている。
チケット発売は左手の建物内だ。
建物内に入り、カウンターで発売状況を聞くと、すでに完売とのこと。
さすが松山千春だ。
この様子では、電話発売開始と同時に完売したのかもしれない。
残念そうにしていると、見かねた?担当の女性が、3月13日9時からキャンセル分を電話でのみ受付けると教えてくれた。
キャンセルか・・・。
あっても、ロクな席ではないのだろうな・・・。
そうは思ったが、ダメ元で、3月13日の朝9時ちょっと過ぎ、050で始まるチケット受付け番号にかけてみたところ、なんと一発で音声ガイダンスにつながった。
担当者が出るものとばかり思っていたので、ちょっととまどったが、案内に従い番号を押していく。
何回か押した後、なんと「4枚入手可能です」と案内された。
1人の購入枚数が4枚に制限されているからか?
とすれば、キャンセルはもっと出ていたのかもしれない。
こうしてめでたくチケットをゲットできたが、この時点では、どの席か不明。
後ろのほうだったら購入は止めようと思っていたので、かなり不安だ。
早々に市民会館に出向き、チケットを入手したところ、なんと真ん中どころで前から11列目というベストポジションだった。
(番号は内緒)
電話受付け順に前のほうの席から割り振っていると、どこかに書かれていたことから考えると、その席をゲットした人がチケットを取りに来なかった、ということのようだ。
これは僥倖。
とんでもなくラッキーだった。
ラッキーといえば、チケットを受け取りにカウンターに行った際、担当女性が「この電話ではなく、050・・・にかけてください」と電話応対していた。
代表電話にキャンセルチケットを求めてかけてきた人だったのかもしれない。
先んずれば人を制す。
機敏に動いたことでラッキーを呼び込めたのかもしれないとは、我田引水の一言。
あとは新型コロナの関係で中止にならないことを望むばかりだ。
(さだまさしのケース)
一方、4月16日にも、さだまさしのコンサートがあるということで、3月11日、ついでに聞いてみたが、そちらは最後列に5席ほど残席があった。
ううーーん。最後列か・・・。
市民会館では一度、題名のない音楽会を後ろから2列目で見たことがあるが、後ろすぎて全くライブ感がなかった覚えがある。
まあ、野球場コンサートの外野席よりは近いと思うのだが、前の方の席と同じ8800円という点に納得がいかず、こちらはスルーした。
帰宅後に調べてみると、さだまさしの場合、電話受付け開始は1月25日となっていた。
もっと早ければ、そこそこの席が確保できたのかもしれない。
(2020年4月2日)
コロナが理由で延期になっていた。
感染拡大の様相を呈している現状、仕方なしだ。
チケットはそのまま次回、使える由。
中止でなくてよかった。
(2020年8月30日)
広報誌で、すでに中止になっていたことを知った。
せっかくの前から11列目の席。
残念無念だ!
(2021年4月)
4月29日の公演が決まったということだが、そのチケットも買えず。
市民会館のチケットセンターに行って、前回と同様にキャンセル分の販売があるかどうか尋ねたところ、「そんなものはない、キャンセルがあればネット申し込みのページに〇印がつく」と言われた。
前回が特別だったのだろうか?
それとも売り方が変わったのだろうか?
笑気なるガスがあることは知っていたが、このような表示を見たのは初めてだ。
コンビナート地域も、結構、走っているのだが・・・。
この日は、たまたま助手席にいたので、パチリングした。
全国的に問題となっているトイレットペーパーの買い付け騒動。
小生が最初に異常を感じたのは、2月28日(金)朝9時のことだった。
カインズの開店に合わせて店に行った際、入口から歯医者の看板付近まで、見た目、70~80人が並んでいた。
マスクが買えるという情報を聞きつけた人が並んでいるのだろうか?
それにしても早耳の人がいるもんだ・・・。
そんなふうに思っていたが、なんと、ほぼ全ての人が、開店と同時にトイレットペーパ―売り場に殺到していた。
安売りのチラシでも入ったか?
不思議に思い、帰宅後に情報収集すると、どうやらトイレットペーパーが品薄になるというデマが流布している模様。
ただ、テレビでは、日本で製造しているので品切れにはならないと、繰返し報道されていた。
翌29日(金)朝8時45分、これだけ報道されれば、皆さん、落ち着くだろうと思い、確認のためにカインズに行ったところ、なんと昨日よりも長い列ができていた。
皆さん、デマだということを知っているのだろうか?
それとも、繰返しテレビで報道されるので、デマと知っていても、皆が買うので品不足になってはと、負のスパイラルが発生しているのだろうか?
その足でジョイフル本田に行ったところ、9時の開店前で、やはり見た目、100人以上が並んでいた。
開店時の状況を観察していると、「これだけ並ばせといて、無いとはどういうことか!」と声を荒げる人も出る始末。
これはまさにパニックだ。
一方、嫁が10時前にせんどうに買い物に行った際に見た光景。
敷地内のマツキヨには普段、トイレットペーパーなどは建屋外に並んでいるのだが、開店前から、そこに出されていたものを手に持った人が長い列をつくっていたという。
どこかの国なら、そのまま持って帰るだろうに・・・とは、笑い話で済んでよかった話し。
そして騒動3日目、3月1日(日)のマルエツのチラシにトイレットペーパーなる文字が躍っていた。
こりゃ、並ぶわいと思い、野次馬根性丸出しで行ってみたところ、案の定、長々とした行列。
後刻、レジのオバさんに聞いたところ、殺気立っていたと話していた。
3月2日(月)は雨。
ママチャリで行くには厳しいものがあるし、車で行くほどのことでもないので、視察中止。
翌日3月3日(火)朝9時、カインズに行って見ると、相変わらず、見た目60~70人程度の行列。
長さ的には、初日28日朝と同程度だった。
そして皆さん、開店と同時に行儀よくトイレットペーパー売り場に向かっていた。
ちなみに、トラ模様の柵の向こうがトイレットペーパー購入者用の専用通路で、それ以外の客は、並ぶことなく入店していた。
この点、カインズの対応はグッドだった。
そして5分後、どうなっているかと戻ってみると、行列はなくなっていたが、トイレットペーパーやティッシュペーパーは山のように積まれていた。
並んでいた人はバカみたい。
そして、その日の13時ごろ、あれだけあったトイレットペーパーでも、もう無くなっているだろうとカインズに行ってみると、なんと、まだまだ山積みになっていた。
買っている人はポツポツいるだけ。
さてさて。
3日(火)には昼過ぎても山積みになっていたカインズ。
その情報は矢のように素早く伝わるかも。
そして、どのような影響を与えるだろう?
あそこへ行けば買えると朝から大行列?
何時行っても買えると、行列解消?
非常に気になったので、4日(水)朝9時前、今にも雨が降りそうな空模様ではあったが、行ってみた。
ただ、この日の朝のチラシには、トイレットペーパーとティッシュペーパーが掲載されていた。
その影響もあってか、相変わらずの大行列。
並んでいる人に話を聞けば、「あとロール1ケしか無くなったので・・・」という人もおり、単に踊らされている人だけではないことを、改めて認識した。
ただ皆さん、昨日の昼は並ばなくても買えたという情報を知らないだろう。
そう思い、隣のオバさんに話しかけるようなフリをして、周囲の人に知らしめた。
少しでも火消しになっただろうか?
そのうち、店員2人がチラシと使い捨てカイロを配布しに来た。
どうも、チラシには6ケ購入可能と書かれているが、1ケに制限させていただきますという断りだった模様。
そうか、今朝のチラシは騒動前に刷られていたものか・・・。
そりゃそうかも・・・。
納得だ。
などと思いつつ、雨が降る前に帰路についたのだが、途中から強めに雨が降りだしてしまった。
物見遊山もホドホドにせいという天の啓示かもしれない。
(関連情報)
3日18時11分にNHK首都圏からは、品川区のイオンでも山積みにされたというニュースが流されていた。
カインズといいイオンといい、広いスペースがある店は、瞬発的な物流強化でパニック抑制に動いているのかもしれない。
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20200303/1000044943.html
あの辺に展望台などの施設があるとは、聞いたことがない。
手持ちの地図にも表示なし。
そこで今回は、あの辺からアクセスできるだろうとの予測の下、ママチャリングした。
まずは、房の駅と新風堂がある十字路を光風台方面へ。
十字路を過ぎてあずの里までは、歩道の真ん中に下水溝?の蓋があり、ガタガタして走りづらい。
あずの里を過ぎると、雑貨と焼き団子を売っている店があり、その先からは上り坂。
ちょっとキツイので、ママチャリを押して進む。
頂上付近には手打ちそば屋もあった。
その先で出遭ったクマさん。何をしている場所かは不明だ。
そのすぐ先に左に行く道があったので、この道だろうと左折する。
曲がってすぐに急傾斜の小道。
小道を上がると、そこには思ったより広い道。
そこを、まあコッチだろうと左折して進む。
途中、2台ほどの車に追い越された。
こんな辺鄙な場所に何の用事があるのだろう?
少し進むと、視界が開けた。
ここが目指す場所なのだろう。
近づけば、「Welcome KANNA」と書かれた、蝶よ花よの看板があった。
Welcomeというからには、勝手に入っていいのだろうと、園内?に入っていく。
園の端から眺めた景色。
先日、養老川河畔の道から眺めたのは、確かにココだった。
食事できそうな場所もある。
帰宅後にネットで調べたところ、バーベキューもできる観光農園らしき情報があったが、詳細はよく分からなかった。
さて、目的の場所も見つけたので引き返すか・・・と思ったが、来た道は、まだ続いている。
この先はどうなっているのだろう?と、さらに進んでいった。
・・・と、道の右側に看板らしきものが見えた。
近づいて見れば、サバゲー場の看板だった。
平日ゆえか、利用者なし。
私有地だろうから、あまり入り込んでも・・・と、入り口付近から場内をのぞきこんでいると、おじさん2人が奥のほうから歩いてきたので話を聞く。
聞けば、去年の台風で倒れた木などの始末をしている由。
おじさんいわく、「先日の大会に取材の申し込みがあったがオーナーが断わった。また次の休日に大会があるかも」
それなら、次の休日に、また来てみるか・・・。
おじさんに断って場内に進入。
ここがキャンプ地らしい。結構、大規模だ。
さきほどのおじさん、「冨里あたりにもサバゲー場があるが、ここなら高速から近いのに・・・」とも言っていた。
納得だ。
サバゲー場を出て、さらに進むと、なにやら見覚えのある十字路。
そうか・・・これはほぼ1年前に日枝神社の階段を上がってきた時の十字路だ、と思い出す。
これで道がつながった。
右折して帰ろうかとも思ったが、おそらくは真っすぐ方面があずの里。
降りる道があるかもと、さらに進んでいった。
しかし、突き当りはこの通り。
真っすぐ方面にも左方面にも、降りていく道はなかった。
右下方面にはゴルフの打ちっぱなし場が見える。
降りていく道があるかも・・・と見にいったが、先にはボールが多数落ちていたので、それ以上進むのは断念した。
しかたなく、さきほどの日枝神社付近の十字路に戻り、そこを左折して、曲がりくねった急坂をブレーキを強めに握りつつ下って帰路についた。
(後日談)
次の休日、大会をやっているかな?と思い、また行って見ると、大会はやっておらず、入口には黄色いチェーン。
タイミング的に考えると、先日の「不審者」立ち入り対応で新たに設置したのかもしれない。
どうも御免さまでした。
高校前の道路からは光風台団地が一望できる。
ちょっと先には神社あり。
地図によれば玉前神社とのことだ。
赤いのは椿か?
阿行の狛犬。
残念ながら、お顔はよく見えない。
地図を頼りに東林寺のほうに進んでいくと、いきなり竹林の道。
途中、東林寺と矢印付きで書かれた看板が2ケ所ほどあり、安心して進める。
以下は3つ目の看板。
その横には、スピードウエイと書かれた看板もあった。
この辺にスピードウエイがあるなど、聞いたことがない。
持ってきた3万分の1の地図にも記載なし。
どんなところだろう?と、矢印の方向に進んでいく。
道は若干の上り坂。
途中、道の左側でゴソゴソと音がする。
イノシシ?
勝負すると負けるので、ベルを目一杯鳴らしながら進んでいった。
坂を登り切る直前からブイーンブイーンという音が聞こえだした。
登り切ったところに畑とレース場。
レース場というには、チト小さい感じだ。
1996年からやっていたとは・・・。
近づけば、そこはラジコンカーのレース場だった。
この日は2台が疾走中。
休日にしては混雑していないが、こんなものか?
カーブで横転した車を持ち主?が復旧。
4連写でスピード感を出してみた。
ラジコンカーのレース場を見たのは初めてだ。
衰えつつある脳細胞に、これはよい刺激になった。
そうこう思いつつ、爆音を後ろに聞きながら、来た道を戻っていった。
と・・・道の右側をポインター犬が歩いている。
リードなし。
野良犬にしては・・・と思っていると、後ろから飼い主が。
見れば、肩に猟銃をかけている。
声をかけると、イノシシではなく、鳥を撃っているとのこと。
そうか・・・。
来る途中、ゴソゴソしていたのは、あの犬だったのか・・・?
犬と猟銃の写真を撮らせてもらおうかとも思ったが、そのまま挨拶して別れた。
道の左側下方には東林寺が見える。
結構大きなお寺さんだ。
正面に回って撮った写真。
本堂も立派だ。
少し進んだところにいた、ギョッとする案山子。
鳥ではなく悪霊退散用か?
その先は京急ゴルフ場。
もっと先に進んでみようかとも思ったが、お疲れモードが出てきたので、この日は、そこから帰路についた。
以下は夕日と富士山。
雲の下から顔を出した夕日のアップ。
夕焼け空にうっすら浮かぶ富士山と、その前方を横切った鳥の群れ。
群れとしてターンを繰り返していたところから考えるとムクドリか?
( 鳥には全く詳しくないが、感じニアリングとして)
2019年11月4日(月・祝)、上総国分尼寺で毎年開かれている菊花展に行ってきた。
3連休最終日の午後2時前だというのに、入場者はゼロ。
ちょっと寂しい。
敷地内に停まっている車は関係者のものか?
まずは、太陽の光を受け金ピカに光っている灯籠を見物。
灯籠の置かれている歩道に瓦が敷き詰められていたとは、この日、初めて気づいたこと。
その後、菊を観に行ったが、回廊の柱にはロープが渡されていて、菊の花まで2mほど離れている。
11月2日19時NHK島根放映の『 門外不出の嵯峨菊も出雲で菊花展 』では、柵こそあるものの、菊の花を間近で観ることができているのに・・・。
そこで、間近で観ようとロープの中に入って観ていたところ、「ロープ内は立入禁止。貼り紙しているでしょう」という注意の声。
見れば、声がしたほうのロープには「立ち入り禁止」の紙が掲示されていた。
しかし小生がくぐったロープ側には掲示なし。
掲示不備の感あるも、ここは素直に従った。
ちなみに、そこには「審査中につき立入禁止」と書かれてある。
???
展覧会というもの、事前に審査を行い、その結果を一般の人に観てもらうものではないだろうか?
11月1日開催なのに、4日になってもまだ審査中とはどういうことだろうか?
帰路、1日開催とは記憶違いだったかと思い、ポスターを見てみると、やはり1日開催となっていた。
観菊後、敷地内にある記念館?にも入ってみた。
上総国分尼寺創建時のパノラマや瓦の模型などのこじんまりした展示あり。
久しぶりに見ると、近くには川が流れていたなど、面白いことにも気づき、現在の地形と対比させることで、この地の発展ぶりを再認識させられた。
会場を出た後、ふと見ると、市役所近くのイチョウ並木は、木の片側だけしか葉が茂っていなかった。
台風15号の猛烈な風で、風上にある葉が吹き飛ばされたということだろうか?
風上と思われる方向に建物がある木の風上側?にある葉は、さほど吹き飛ばされていない感じだったし・・・。
今回は、その中の一つ、上総村上駅付近を走る列車をパチパチリ。
少しは旅情を味わっていただけるだろうか?
いつもは見えている堰が、今回は見えない。
水の色は茶色で、いかにも台風通過直後という感じだった。
しかしながら、川が増水して溢れるかも・・・といったことは全く感じなかった。
長野から東北にかけ、豪雨被害が深刻なのに、その点では助かった。
ただ、永吉地区で突風が吹き、被害を受けた家が何軒もあったのは気の毒だった。
自分の家が突風被害に遭った可能性もあり、その点、他人事ではなかった。
小生宅(2階建て)も吹き飛ばされるかと思うほど大揺れに揺れ、生きた心地がしなかった。
テレビによると、ゴルフ練習場の鉄塔が倒れるなど、市原市でも大きな被害が出たという。
そこで、アチコチと被害状況を確認しに出かけていった。
交叉点では、停電で信号が消えているので、車が徐行運転。
まずは、心当たりのゴルフ練習場に行ってみようと、山倉ダム方面に自転車を進める。
すると、湖の対岸に黒い煙。
ちょうど消防訓練施設のある方角だ。
台風被害が出ているのに訓練でもないものだが・・・・。
そう思いつつ、桜が植えられている土手を進むと、何本か、桜の木が根こそぎ倒れている。
来年の桜はどうなるのだろう・・・。
そのままゴルフ練習場へと進んでいく。
上空にはブンブンとヘリが飛んでいる。
やはり、心当たりのあるゴルフ練習場の鉄塔が倒れたようだ。
しかし、そこの鉄塔は倒れていなかった。
そこで、もう一つ心当たりのあるゴルフ練習場に行こうと、山倉ダム方面に戻っていると、キッズランド横の道が倒木で塞がれ、通行止めになっていた。
黒煙が出ていた場所に到着。
出発前には情報がなかったものの、水面に浮かべた太陽光パネルから火が出ていた。
テレビクルーの撮影風景。
そうか・・・ヘリは、ここを撮影していたのか・・・。
消防車からの放水風景。
少しシブキが飛んできた。
そこから市役所方面へ。
市役所横のバス停も無残な状況になっていた。
市役所のガラスがまた割れたと出発前に報道されていたので建物内へ。
朝に割れたというのに、午後には修繕の手が入っていた。
さすが、お役所の仕事は最優先とみえる。
街の並木も、何本か、根こそぎ倒れていた。
基礎ごと倒れている立て看板もあった。
住宅の被害はといえば、なんと、屋根が吹き飛ばされたアパートもあった。
同じ作りのアパートが並んでいるので、飛ばされる前後の様子が読み取れる。
屋根が飛ぶまでいかないにせよ、日本瓦の損傷はアチコチに見られた。
以下は、かなりの損傷を受けていた家。
穴が開いていないように見えるのは不幸中の幸いか・・・。
洋風瓦でも損傷を受けている家があった。
ガレージ屋根のアクリル板が飛ばされた家も結構あった。
大変なことになっていたゴルフ練習場鉄塔倒壊現場。
五井駅から徒歩10分ほどの場所だった。
以下は、テレビ報道された場所の反対側から撮った被害状況。
以下は、テレビ報道で映される場所から撮った被害状況。
悲惨なこと、この上なし。
気の毒の一言に尽きる。
(追記)
市原市は、過去に何回も台風に見舞われたことがあるが、今回の台風は各段の破壊力。
事前の気象予報どおり、50年に1度クラスの強烈なものだった。
しかし、そうは言われていても、小生、襲来前は、いつもよりちょっと強いだけの台風だろうと、たかをくくっていた。
そんな人は、沢山いたのだろう。
千葉県の森田知事をはじめとして・・・。
以前訪問した今富・宮原地区の麦畑が、その後、どうなっているか気になり、行って見た。
来年の植え付けに向け、更地のままかと思っていたが、どっこい、違う作物が植えられていた。
今は葉っぱだけ。
何の作物だろう?
また来てみるか・・・。
その横の、以前、稲が植えられていた田んぼは、すでに刈り取り終了。
刈り取られた後の茶色い稲株からは、緑の草?が伸びていた。
しかし、そういう状態のまま来年を迎えるのではなく、ちょっと先の田んぼでは、大型トラックで運んできた農作業車を使い、車の後ろに取り付けられた回転ブラシのようなもので、土地を耕して?いた。(写真では、かなり小さくなってしまったが・・・)
田植えから草取り、収穫、その後の手入れなど、農家の人は大変だ。
そこから海上小方面に行って見ると、なんと、そこには道路に沿って100mほどコスモスが植えられていた。
まだ咲き始めらしく、花はチラホラ。
これは、また見に来なくてはなるまいて・・・。
その後、西広橋通過時、養老川の川面に白さぎがいたので、思わずパチリ。
干潮で川が浅くなったため、餌を求めてきたのだろうか?
ただ、もう1枚とカメラアングルを変えている最中に、飛び去られてしまった。
まこと、まごまごしていてシャッターチャンスを逃すことが多い、今日この頃ではある。
10時前で、寺の駐車場や寺の前の道路は、9割がた車で埋まっていた。
しかし境内は広いので、人出はボチボチ状態だ。
陶磁器やお面、衣類、おもちゃなどの定番以外、盆栽、あるいは贈答品みたいなタオルセットを何点か売っている人もいた。
こじんまりした骨董市だが、好きな人にはたまらないのだろうなあ。
しかし骨董に興味がない小生は、ざっと見ただけで、そそくさと退散した。
8月23日ということで、大好きな幸水はほぼ終わり。
そこで今回は、以下の3種類を1袋づつ買ってみた。
数が多いので、一部はお裾分け。
まずは、酸っぱさがあるのでそう好きではない豊水。
その大玉が4コ入りで1200円程度だった。
幸水では大玉のほうがうまく感じるので、それならばと購入。
食べてみると、酸っぱさはあるものの、甘さが前面に出て、酸っぱさはちょうどよいアクセントになっている。
こういう豊水なら好みなのだ。
次に、聞いたことがなかった秋麗。
6コほど入って1000円程度。
試食して甘かったので買ってみたのだが、これが大正解。
幸水に負けず劣らず甘かった。
来年以降、幸水が終わった時期に買うのは秋麗にするか・・・。
そして、目についたのがラフランスみたいな梨。
チラシを見れば中国梨と二十世紀をかけあわせた八達梨と書いてある。
まだ青く、黄色になってからが食べごろということで、試食は置いてなかったが、二十世紀は好きな梨だし、幻とあっては、買うしかない。
1袋に6コほど入って、1200円だった。
黄変してから食べると、シャキシャキ感があって、これも甘い。
なんとなく、昔食べた二十世紀も彷彿としてくる。
これも、また買ってみたい梨ではあった。
写真は左から秋麗、豊水、八達梨。